直前の告知となりますが
以下の通り、変更になりますので、ご注意ください。
(1)開始時間が2時→1時になります。
(2)廣瀬純さんが一部→二部に変更になります。
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「街頭行動の自由を考える」第3回討論集会
ナショナリズムによる街頭占拠とどう向き合うのか
――市民から国民へ?――
日 時 6月30日(日)13:00~17:00
場 所 早稲田大学 早稲田キャンパス 16号館107教室
http://www.waseda.jp/jp/campus/waseda.html
交 通 東西線早稲田駅下車 徒歩10分
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第1部【大喜利風】
国富建治さん(改憲案の内容を押さえながら)
池田五律さん(練馬反派兵運動から)
渥美昌純さん(第2次東京オリンピックによる街頭占拠)
第2部【車座討論】
ヘイトクライムの現場より
大阪鶴橋+新大久保からの報告から始まるディスカッション。
廣瀬純さん(都合により2部への参加予定に変更)
2013年6月29日土曜日
2013年6月4日火曜日
開催決定☆ 第3回討論集会 「ナショナリズムによる街頭占拠とどう向き合うのか ――市民から国民へ?――」
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「街頭行動の自由を考える」第3回討論集会
ナショナリズムによる街頭占拠とどう向き合うのか
――市民から国民へ?――
日 時 6月30日(日)13時開場 14:00~17:00
場 所 早稲田大学 早稲田キャンパス 16号館107教室
http://www.waseda.jp/jp/ campus/waseda.html
交 通 東西線早稲田駅下車 徒歩10分
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第1部【大喜利風】
国富建治さん(改憲案の内容を押さえながら)
池田五律さん(練馬反派兵運動から)
渥美昌純さん(第2次東京オリンピックによる街頭占拠)
廣瀬純さん(「金曜日」連載をきっかけに)
第2部【車座討論】
ヘイトクライムの現場より
大阪鶴橋+新大久保からの報告から始まるディスカッション。
選挙が空しい。議会なんて機能してない。
テレビは見たくない。作り笑いのウソが爆発している。
物を買う金もない。部屋も狭い。だから広い空の下に出たい。
2年前の原発震災以来、ガマンできない人々が街に出はじめた。
そのうちに今度は「白地に赤い丸」の金切り声が目立ちはじめる。
「殺せ」「焼け」「**」と。
世界を結ぶ「オリンピック」のハラスメントが始まり、
平和を守る不穏な「自衛隊」がまかり通る。
街はそんな声と旗に埋め尽くされてしまうのか?
2013年、 今年は関東大震災から90年であると同時に朝鮮戦争停戦から60 年、そし
て朝鮮民主主義人民共和国が休戦協定の白紙を宣言した年である。
たとえば今、南海トラフ地震が起きたとしたら、 かつてのように自警団が組織さ
れることはあるのだろうか。あるとした時、 私たちは自警団の前に立ちふさがれ
るだろうか?
東日本大震災以降の日本社会は、 まさに惨事便乗型資本主義の様相を呈している。
「復興」で利益を得るのは企業ばかりであり、 高線量下の生活を強いられる人々
の避難の権利を認めようともしない。 性懲りもなく再稼動を狙うばかりか、輸出
に血道をあげてさえいる。 原子力基本法の目的に安全保障を明確に位置づけなが
らも、他国の核戦略を都合よく選別して批判する二枚舌。
"絆"などと民族の同一性を鼓舞しながら、 他方で上からも下からも民族差別を噴
きあげている。
その民族差別に対抗する戦線の中で、 国民国家の主権を自明のものとしてナショ
ナルプライドが語られているなど、状況は危機的だ。
しかし、現在の状況を準備したのは、 日本国家の植民地主義の百年の蓄積であ
る。レイシストが、相対的に「穏和」 なナショナリストの存在を霞ませる。まさ
に、ナショナリストの焼け太りである。
「コリアンタウン」への襲撃と対抗行動、 オリンピック招致と伴う排除、ひいて
はビックレスキューなど、 ナショナリズムによる街頭占拠はあらゆる場所に現れ
ている。
ともに縦横に語ろう。
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主 催 討論集会「街頭行動の自由を考える」実行委員会
浜邦彦研究室
mail:gaitoukoudounojiyu@yahoo. co.jp
WEB:http:// freedomofstreetaction. blogspot.jp/
※排外主義者と警察への協力者の参加・立ち入りを禁止します
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「街頭行動の自由を考える」第3回討論集会
ナショナリズムによる街頭占拠とどう向き合うのか
――市民から国民へ?――
日 時 6月30日(日)13時開場 14:00~17:00
場 所 早稲田大学 早稲田キャンパス 16号館107教室
http://www.waseda.jp/jp/
交 通 東西線早稲田駅下車 徒歩10分
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第1部【大喜利風】
国富建治さん(改憲案の内容を押さえながら)
池田五律さん(練馬反派兵運動から)
渥美昌純さん(第2次東京オリンピックによる街頭占拠)
廣瀬純さん(「金曜日」連載をきっかけに)
第2部【車座討論】
ヘイトクライムの現場より
大阪鶴橋+新大久保からの報告から始まるディスカッション。
選挙が空しい。議会なんて機能してない。
テレビは見たくない。作り笑いのウソが爆発している。
物を買う金もない。部屋も狭い。だから広い空の下に出たい。
2年前の原発震災以来、ガマンできない人々が街に出はじめた。
そのうちに今度は「白地に赤い丸」の金切り声が目立ちはじめる。
「殺せ」「焼け」「**」と。
世界を結ぶ「オリンピック」のハラスメントが始まり、
平和を守る不穏な「自衛隊」がまかり通る。
街はそんな声と旗に埋め尽くされてしまうのか?
2013年、
て朝鮮民主主義人民共和国が休戦協定の白紙を宣言した年である。
たとえば今、南海トラフ地震が起きたとしたら、
れることはあるのだろうか。あるとした時、
るだろうか?
東日本大震災以降の日本社会は、
「復興」で利益を得るのは企業ばかりであり、
の避難の権利を認めようともしない。
に血道をあげてさえいる。
らも、他国の核戦略を都合よく選別して批判する二枚舌。
"絆"などと民族の同一性を鼓舞しながら、
きあげている。
その民族差別に対抗する戦線の中で、
ナルプライドが語られているなど、状況は危機的だ。
しかし、現在の状況を準備したのは、
る。レイシストが、相対的に「穏和」
に、ナショナリストの焼け太りである。
「コリアンタウン」への襲撃と対抗行動、
はビックレスキューなど、
ている。
ともに縦横に語ろう。
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主 催 討論集会「街頭行動の自由を考える」実行委員会
浜邦彦研究室
mail:gaitoukoudounojiyu@yahoo.
WEB:http://
※排外主義者と警察への協力者の参加・立ち入りを禁止します
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2013年2月7日木曜日
第二回討論集会開催
第二回討論集会 「街頭行動の自由を考える」
~~柵を越えたら自由なの?
日 時 2013年2月17日(日)13:30開場 14:00~17:00
場 所 日本キリスト教会館4F(早稲田奉仕園内/早稲田大学文学部前)
資料代 500円
主 催 討論集会「街頭行動の自由を考える」実行委員会
gaitoukoudounojiyu@yahoo.co.jp
WEB http://freedomofstreetaction.blogspot.jp/
※排外主義者と警察への協力者の参加・立ち入りを禁止します
3.11によって生存の不安が呼び起こされたのか、今までデモ・集会に関心のない層が
反・脱原発運動に合流し、停滞していた社会運動が盛り上がりを見せた。
怒りが沸点を越え、場に集う人々が作りだすエネルギーが出口を求め規制の枠を超えさせる。
そこにあるのは、権力からの弾圧、自主規制・内部統制からの逸脱に過ぎないのか…。
柵の向こう側で占拠したテントの中で、人は与えられた役割、
レッテルを捨て去って出会い、対話することは可能だろうか。
路上は境界線上の場所である。
むきだしの暴力が支配する追放されたものの「流刑地」である。
それをこの国の不自由を超越した場とすることができるか。
閉塞した現在の社会への不満の発露は、怒りの放出で収束させられるのか、
死を選ばせる時代にあって、「敗者」は互いを仮想敵に仕立てあげ自滅させられるのか。
こころの中の柵をとっぱらい、権力による妨害行為をかわし
針の穴ほどの未来へ模索し、討論を続けよう。
<発話者>
井上森さん(立川自衛隊監視テント村)
淵上太郎さん(経産省前テントひろば)
二人に短くお話しいただいたのち車座形式で参加者のみなさんと討論します。
~~柵を越えたら自由なの?
日 時 2013年2月17日(日)13:30開場 14:00~17:00
場 所 日本キリスト教会館4F(早稲田奉仕園内/早稲田大学文学部前)
資料代 500円
主 催 討論集会「街頭行動の自由を考える」実行委員会
gaitoukoudounojiyu@yahoo.co.jp
WEB http://freedomofstreetaction.blogspot.jp/
※排外主義者と警察への協力者の参加・立ち入りを禁止します
3.11によって生存の不安が呼び起こされたのか、今までデモ・集会に関心のない層が
反・脱原発運動に合流し、停滞していた社会運動が盛り上がりを見せた。
怒りが沸点を越え、場に集う人々が作りだすエネルギーが出口を求め規制の枠を超えさせる。
そこにあるのは、権力からの弾圧、自主規制・内部統制からの逸脱に過ぎないのか…。
柵の向こう側で占拠したテントの中で、人は与えられた役割、
レッテルを捨て去って出会い、対話することは可能だろうか。
路上は境界線上の場所である。
むきだしの暴力が支配する追放されたものの「流刑地」である。
それをこの国の不自由を超越した場とすることができるか。
閉塞した現在の社会への不満の発露は、怒りの放出で収束させられるのか、
死を選ばせる時代にあって、「敗者」は互いを仮想敵に仕立てあげ自滅させられるのか。
こころの中の柵をとっぱらい、権力による妨害行為をかわし
針の穴ほどの未来へ模索し、討論を続けよう。
<発話者>
井上森さん(立川自衛隊監視テント村)
淵上太郎さん(経産省前テントひろば)
二人に短くお話しいただいたのち車座形式で参加者のみなさんと討論します。
2013年1月1日火曜日
「街頭行動の自由」集会をめぐる声明
「討論集会『街頭行動の自由を考える』」に、ご参加いただいたみなさんへ
去る2012年10月21日、私たち実行委員会は、一橋大学で「討論集会 『街頭行動の自由を考える』」を開催しました。参加いだいた皆さんにお礼申し上げます。
この集会に先立って街頭の自由をめぐる問題がすでにネット上ではたびたび論争になっていました。そういう状況下で、討論を主体とする集会を企図することは、「罵声や野次」が飛び交う可能性を孕むものでした。しかし私たちはネットではなく、面と向かってやり取りすることを重視しました。どうしたら、本当の討議の場が作れるのか、それは規制や予定調和の中からは発見できないと考えたからです。実行委員会はそのような問題意識のもとに、本集会を異なる立場の意見を交差させる場とすべく努力し、最低限その目標は達成されたと考えています。
そのような本集会の目標に照らして、第三部のフリートークで、パネラーのひとりに対してなされた実行委員会メンバーからの不規則発言をどう評価するのか、という問いが集会開催後の実行委員会で提起されました。このことをどう考えるかをめぐって、私たちはこの間討論を重ねてきました。一方で、「意見の異なるものと論争するときにこそ、相手への尊敬を忘れてはならない」「罵声や野次というものは他者の権利を踏みにじる」等の批判が本集会開催後に実行委員会の内外から寄せられました。
たしかに、自らのプライドだけを守る言い訳として、他人への敬意を決定的に欠く者を、私たちはそもそも相手にすべきではありません。また発話をすくませる威迫の横行は、討議に真摯に向き合う者ならば決して許してはなりません。ネット空間でのやり取りがそうした傾向を帯びてしまうことへの危惧こそが、この集会の出発点にありました。その意味でこの発言が私たち実行委員会の意志一致の不十分性を露呈したものであることは明らかであり、この点は率直に認めたいと思います。
だが他方で、ようやく絞り出された声を一義的に「罵声や野次」と評価する者の立ち姿にも、私たちは警戒を怠ってはならないと考えます。言葉は聞くことからしか始まりません。発言を形式に切り縮め、「聞き・話す」困難を直視せず避けることは、そう評価する者の側が理解する努力を放棄するものでしかありません。私たちはこうした傾向を相互批判を通して克服しなければならないと思います。
この敬意と排除の岐路で「語り合う」ことは辛うじて成り立つと私たちは考えます。私たちは、本集会を第一歩と考えています。異なる闘いの論理を持つ人々が、互いを「罵声や野次」と切り捨てて終わるのではなく、「街頭の自由」をともに考えられる「仲間」になるために何が出来るのかを探りつつ、第2回以降の実行委員会へとつないでいこうと考えています。願わくば、これをお読みのみなさんにもご参加いただきたいと思います。
2012年12月30日
討論集会「街頭行動の自由を考える」実行委員会
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